ひかり心身クリニック

ひかり心身クリニック|四日市市羽津町の心療内科,精神科

〒510-0017 三重県四日市市羽津町23番21号
TEL:059-330-5564(こころよ・い)
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院長室より

080702

6月27日の金曜日は休診とさせていただき、神戸で開催された老年精神医学会に参加しました。前日の木曜日は移動だけでしたので午前中クリニックで事務仕事をして昼食をクリニック近くで摂り13:43に霞ヶ浦からPitapaカードで改札を通り、近鉄電車に乗り込みました。四日市駅であらかじめ携帯電話からチケットレスで予約しておいた、13:58発の難波行き特急に乗り換え一路大阪へ。車内では読みかけて放置してあった『「痴呆老人」は何を見ているか』(大井玄・新潮新書)を読むことにしました。この書は認知症老人の心理状況だけでなく現代の社会病理、文化宗教方面にも言及してあり非常に考えさせられる一冊です。大和八木を過ぎる頃には読了しましたので、次の一冊「親の品格」(坂東眞理子・PHP新書)を取り出して読み始めました。既に話題になって久しい本なのでご存知の方も多いと思いますが、緒言の「子は親を育てる」の言葉には、兼ねてから「育児は育自」を強調する私にとっては、わが意を得たりの感でした。しばらく読み進めると終点難波駅到着。四日市駅を出発してちょうど2時間後の15:58でした。難波駅からはPitapaカードでも乗車できるのですが、以前購入して残高のあったスルッとKANSAIカードを使い、大阪市営地下鉄御堂筋線で梅田へ向かいました。地下鉄の列車がちょうどホームに入って来たので急いで乗り込みましたが、なぜか雰囲気が違います。ゆっくりあたりを見回すと女性ばかり・・・。扉付近には「終日女性専用車両」の表示。慌てて車両を換えました。女性専用車両はラッシュ時だけのものと思っていましたが、そうではなくなったようです。梅田で下車し再会を約束していた旧友と合流し、から揚げの美味しい店でまずはビールで軽く乾杯。次にリーズナブルな寿司屋で飲食し談笑していたら再会後の3時間があっという間に過ぎました。近い将来の再会を約束して梅田で別れ、阪急電車で三宮へ向かいました。やはりスルッとKANSAIカードの出番です。特急電車で30分ほどで三宮に着きました。三宮では朝食無料提供のビジネスホテルに宿泊。汗を流し翌日丸一日の長期戦に備えることにしました。
 翌朝、おにぎりと味噌汁、漬物の簡単な、しかし私にとっては十分な朝食とホットコーヒーで腹ごしらえをしてチェックアウト後ポートライナー乗車で学会場(神戸国際会議場)の最寄り駅、市民広場へ。やはりスルッとKANSAIカード使用。9時頃に学会場で参加登録をして興味のある午前のセッションを聴講し、引き続きランチョンセミナー、会長講演、2つの教育講演を聴講しました。老年期のうつ病と認知症の鑑別、認知症の心理行動症状の治療、軽度認知障害、レビー小体型認知症などについて最新の知見の獲得と既存知識の確認ができたように思います。18時の教育講演終了とほぼ同時に学会場を後にして市民広場からポートライナーで三宮へ。三宮からスルッとKANSAIカードを使い、地下鉄で新神戸駅へ。あらかじめJRのエクスプレスカードを使い、携帯電話操作で新幹線を予約してあったので券売機でチケットを受け取り、中華弁当と缶ビールを買って新幹線ホームへ。ホームで待つこと数分、選択するべくして選択してあった18:46発N700系のぞみに乗車し、一路名古屋へ。車内で晩酌つきの夕食とし、携帯電話で名古屋からの近鉄特急を手配し、しばらく読書したらもう名古屋。19:51定刻どおりの到着でした。新幹線乗り換え口を通り、近鉄名古屋駅4番ホームで待つことほんの数分、20:02発の近鉄特急に乗車し20:30には四日市駅に着きました。バスがあればバス乗車で帰宅を考えましたが、バス停で確認すると20:30発のバスが発車したばかり。やむなくタクシーで自宅へ向かい、21時には自宅に到着しました。
 今回の移動と学会参加はいろいろな意味で楽しく有意義なものでした。

080909

「クール」「決して他人の悪口を言わない」「謙虚」「努力できることが才能」「困難を乗り越える男」「高校野球での5打席連続敬遠」・・・これらは松井秀喜選手に関する私の中でのイメージや事実、言葉です。
 先日、昼休みの時間に近くの書店へ行き偶然にも松井秀喜選手の『不動心』という本を目にし、早速購入しました。骨折という選手生命を脅かすとも考えられるアクシデントを経験したものの、それさえも「人間万事塞翁が馬」ととらえ、次の成長、飛躍へとつなげる。まさしく松井秀喜選手は一流のベースボールプレーヤーというだけでなく人格者と言えると思います。著書にはこれまでの野球人生のことが随所に感謝を込めた言葉で書きつづられ、読む者に勇気と希望、感動を与えてくれます。必読の一冊です。

071115

10月の第一週は連休でしたので一泊旅行に出かけました。現在は関東に住む大学時代からの友人夫妻2組と新幹線の掛川駅で待ち合わせ駅近くの資生堂美術館を見学し、その後大学時代から電車で全国を駆け巡っていた旅の鉄人である友人が予約してくれた旅館のレトロな送迎バスに揺られ、温泉旅館へ。今回の温泉というのは倉真(くらみ)温泉という温泉で、近くに百観音があることで有名な温泉旅館での宿泊となりました。夕食は牡丹鍋を食しながら地ビール、地酒を傾けました。大学時代のことや社会人となり、3組で各地を旅行したことなどを延々と談笑しました。折りしも地元の祭りの日であったため旅館まで山車が来て、居ながらにしてお祭り気分を味わうことができました。勿論ありがたく振る舞い酒の光栄にあずかりました。床に就く前には、この日2回目の温泉に浸かりました。翌朝やはり温泉に浸かり、その後広間で朝食を摂りました。朝食後、女将さんの観音様にまつわる講話を聴き、玄関に祭ってある霊験あらたかな観音様に手を合わせました。二日目はあいにくの雨でしたので全天候型の花鳥園でフクロウのショウを観たり、小鳥を手に乗せたり、花を愛でたりして時間を過ごしました。お昼過ぎには掛川駅で上りと下りのそれぞれのこだま号に乗車して、束の間の休日の再会を惜しみつつ友人たちと別れました。出会う前の年数より出会ってからの年数の方が長くなった友人たちですが、お互いの変化の部分と普遍的な部分を認め合いつつ、これからの付き合いもさらに永くなりそうです。

100507

夏川草介著「神様のカルテ」を読んだ。地方都市で奮闘する一医師、栗原一止の物語である。栗原は、昨今の医療現場の矛盾を批判しつつも身を粉にして一刻を争う救急医療の最前線に立つかと思えば、末期がん患者の看取りにゆっくり心血を注ぐ姿もあり、患者の体と心のリズムに合わせて治療ができる医師というとらえ方ができるのではないかと思う。とかく医師は治療に関して自分のペースで進めたいものだが、それでは病気を治す姿勢に陥ることが多く、病人を治す姿勢からは離れてしまいがちになるのではないか。蓋し「治す」とはおこがましく、本来は患者の治癒力を引き出す手伝いをするのが医師であろうから当然患者のペースを尊重しないといけない。やはり栗原に見習うべきであろう。また自分の伴侶に対する臆面もない賛辞、先輩医師、看護師などへの尊敬、感謝、ねぎらいなど非常に好感が持てた。集合住宅での肩書や資格抜きでの交流、といっても酒盛りなのだが、も栗原を人情味溢れる医師にさせる要因の一つかと思われる。医療における最先端のことにはほとんど触れられていないが、最重要なことはふんだんに盛り込まれている一冊であった。

090320

昨年12月から、なぜか毎月映画を観るようになった。12月は「私は貝になりたい」、今年に入って1月は「感染列島」、そして2月はアカデミー賞外国映画賞受賞の「おくりびと」であった。それぞれ「死」というものが扱われていた。「私は貝になりたい」は無念、非業の死、「感染列島」は動的な死、「おくりびと」は静的な死を扱っていた。「私は貝になりたい」では最後まで生きる希望を捨てなかったのに、個人の力ではいかんとも抗えない戦争という歴史的禍根により生命を絶たれた主人公の最期はあまりにも惨く正視に耐えなかった。戦争が我々の世代にとって実感のないものであり極刑は免れるであろうと高をくくってエンディングを迎えようとしたが、それは叶わなかった。「感染列島」では新型ウイルスに侵されながらも必死に生きようとするが、ついに息絶える姿と壮絶な感染症救急の現場に驚嘆せざるを得なかった。記憶が定かではないが、主役の一人の女医の「たとえ世界が明日終わりでもりんごの木を植える」という確か幼くして病死した弟とのやりとりは、癌で亡くなった精神科医、西川喜作先生の著書「輝け我が命の日々よ」の中にもあり、死を考察することは、より良く生きるために必要な作業であると思った。西川先生は前書の中で「死とは、その人の人生が短期間にintegrate(インテグレート、集積)されて出てくるものではないか」という国立がんセンター研究所長の杉村隆先生の言葉を引用している。「おくりびと」では葬儀の場では裏方である納棺師にスポットをあてており、生命や感情のない遺体に対して敬虔に向き合い、そして黄泉の国への旅立ちを手伝うという仕事にある意味美しさを感じた。後半部分で、自分を捨てたがために決して許すことのできなかった父親の死に直面し最後には許し、それどころか最高の旅立ちのお膳立てをした主役の姿には神々しささえ感じた。
 三つの作品を観て、死は非日常であり生は日常であるが、死を全く意識しないで日々生活しても生の輝きは少ないのではないのだろうか、と私なりの結論に落ち着いた。